香港マンション火災128人死亡—竹足場と防炎基準の致命的な問題を施工管理者が解説

この記事でわかること
- 香港マンション火災の詳細な経緯と被害状況
- 竹足場と防炎ネットがなぜ延焼を加速させたのか
- 日本の防炎基準と香港の違い
- 施工管理者から見た教訓と日本の現場への示唆
2025年11月26日、香港北部の大埔区で発生したマンション火災は、死者128人という香港史上最悪の惨事となりました。改修工事中だった31階建てマンション群8棟のうち7棟が燃え、わずか数時間で多くの命が奪われました。
「あなたのマンションは大丈夫ですか?」—この問いかけは、マンションにお住まいの方、大規模修繕を検討中の管理組合の方、中古マンション購入を検討している方にとって、決して他人事ではありません。私は改修工事の施工管理を6年間続けてきましたが、火災の原因となった防炎対策の不備は、日本の現場でも起こりうるものであります。
この記事では、施工管理者として改修工事を経験してきた視点から、香港のマンション火災がなぜこれほど甚大な被害をもたらしたのか、日本の防炎基準とどう違うのか、そして「あなたのマンションの大規模修繕工事は安全か?」を見極めるポイントを詳しく解説します。
香港マンション火災の概要—わずか10分で全棟に延焼
火災が発生したのは、香港北部の大埔区にある「宏福苑(ワン・フー・コート)」という公営住宅です。1983年に建設された31階建て8棟のマンション群で、約4,600人が住んでいました。居住者の約4割が65歳以上という高齢化した団地でした。この高齢化が避難の遅れにつながり、被害を拡大させた要因の一つとされています。
2024年7月から総工費約63億円をかけた大規模改修工事が行われていました。全8棟の外周に竹製の足場が組まれ、その外側を緑色の防護ネットが覆っていました。火災は11月26日午後2時50分頃、低層階から出火し、竹足場とネットに引火。乾燥した強風にあおられて、わずか10分で8棟全体の上層階まで燃え広がりました。
消火活動は約24時間続きましたが、最終的に死者128人、負傷者76人という香港では1957年以来最悪の火災被害となりました。ちなみに、2017年のロンドン・グレンフェル・タワー火災(死者72人)を上回る規模です。香港の高層住宅では火災報知器が作動しなかったという報告もあり、初期避難の遅れが被害を拡大させました。
中古マンション購入を検討している方へ: 築年数が古いマンションは、香港の宏福苑と同様に居住者の高齢化が進んでいるケースが多いです。火災時の避難体制や、火災報知器の点検状況も購入前に確認すべきポイントです。
出火原因—作業員の喫煙と可燃性資材の組み合わせ
香港当局は火災原因を調査中としていますが、住民の証言から作業員の喫煙が浮上しています。21階に住む住民は「工事中のタバコ臭が窓から漂ってきた。18階から20階あたりで吸っていた」と証言しており、過去にも苦情があったものの無視されていたようです。
私が担当した大規模修繕でも、喫煙管理は最も神経を使う部分でした。足場上での喫煙は禁止ですが、職人さんが吸ってしまい、トラブルになった例は何度か聞いたことがあります。だからこそ、喫煙所を必ず地上に設置し、足場上では絶対に吸わないよう毎日の朝礼で徹底します。
香港の火災では、タバコの火種が可燃性の高い資材に引火したことが致命的でした。窓周辺に設置されていた発泡ボード(スチレンボード)は「極めて燃えやすく、火の回りが非常に速い」(香港保安局長)もので、本来使用してはいけない資材でした。
延焼を加速させた3つの要因
火災が短時間で拡大した理由は、以下の3つの要因が重なったためです。これは大規模修繕を検討されている管理組合の方に、ぜひ知っておいていただきたい内容です。
| 要因 | 問題点 | 日本での対策 |
|---|---|---|
| ①竹足場の可燃性 | 竹は木材と同様に燃えやすく、一度火がつくと猛烈な勢いで燃え上がる。燃えた竹片が落下して延焼を拡大。 | 1960年代から鋼管足場(不燃性)に切り替え。現在竹足場はほぼゼロ。 |
| ②粗悪な防炎ネット | 防炎基準を満たさないネット・シート使用。「予想をはるかに超える激しい燃え方」(香港保安局長) | 消防法で防炎ラベル必須。日本防炎協会の認定品のみ使用可能。 |
| ③煙突効果 | 足場と外壁の狭い空間が煙突のように機能し、熱気と炎が垂直方向に一気に上昇。10分で31階まで延焼。 | 高層建築では足場各階に防火帯を設置。シート重ね代を多めにとる工夫。 |
特に注目すべきは、香港では伝統的に竹足場が使われてきたという点です。2025年3月以降の公共建築では金属製足場の使用が義務付けられていましたが、この工事は民間工事だったため規制対象外でした。あなたのマンションで大規模修繕を行う際は、必ず鋼管足場を使用しているか確認してください。
また、窓周辺に設置されていた発泡ボード(スチレンボード)は「極めて燃えやすく、火の回りが非常に速い」素材で、本来使用してはいけないものでした。日本の現場では考えられませんが、コストを優先するあまり、こうした粗悪品が使われるリスクはゼロではありません。
竹足場の問題点—香港の伝統が生んだ悲劇
香港では竹足場が数百年の伝統を持ち、軽量で組み立てが早く、コストも安いため、多くの工事現場で使用されてきました。熟練した職人は竹とロープだけで、超高層ビルの足場も組み上げます。しかし、安全性の問題から2019年から2024年の間に足場事故で22人が死亡しており、段階的廃止が進められていました。
日本では1960年代から鋼管足場(単管足場・くさび式足場)への切り替えが進み、現在では竹足場はほぼ見られません。私が6年間で見聞きした全ての工事において、竹足場を見たことは一度もありません。
| 項目 | 竹足場(香港) | 鋼管足場(日本) |
|---|---|---|
| 材質 | 竹(可燃性) | 鋼管(不燃性) |
| 重量 | 軽量(組立速い) | 重い(組立に時間) |
| 耐久性 | 低い(3-6ヶ月) | 高い(繰り返し使用可) |
| 火災リスク | 極めて高い | ほぼなし |
| コスト | 安い | 高い |
竹足場の最大の問題は、火災時に燃料になってしまうことです。今回の火災では、燃えた竹片が落下して下層階に延焼し、さらに被害を拡大させました。鋼管足場であれば、足場自体が燃えることはありません。
竹足場の火災リスク
- 竹は乾燥すると極めて燃えやすくなる
- 一度着火すると消火が困難
- 燃えた破片が落下し延焼を広げる
- 足場全体が倒壊するリスクがある
防炎ネットと防炎シートの基準—日本との決定的な違い
今回の火災で最も問題視されているのが、防炎基準を満たさない資材の使用です。香港当局が火災を免れた1棟を調査したところ、窓にスチレンボード(発泡スチロールの一種)が貼られているのが見つかりました。これは「極めて燃えやすく、火の回りが非常に速い」素材で、建築現場で使用してはいけないものです。
管理組合の方へ: あなたのマンションで大規模修繕を行う際、見積書に「防炎シート」とだけ書かれていても安心してはいけません。日本防炎協会の認定品であることを必ず確認してください。
日本では、消防法で足場に使用する防炎シートやネットに厳格な基準が設けられています。日本防炎協会の認定を受けた防炎物品には「防炎ラベル」が貼られ、以下の性能を満たす必要があります(公益財団法人日本防炎協会参照)。
日本の防炎シート基準(消防法施行規則)
日本で使用される防炎シートは、ポリエステル基布にPVC(ポリ塩化ビニル)コーティングを施したものです。小さな火源に接しても燃え上がりにくく、着火しても自己消火性により燃え広がりません(消防庁の防炎性能基準)。私が現場で使う防炎シートは、以下の特徴を持っています。
まず、残炎時間が20秒以内、残じん時間が30秒以内という基準があります。つまり、火を離せば20秒以内に炎が消え、30秒以内に煙も出なくなります。次に、炭化面積が30平方センチメートル以下、炭化長が20センチメートル以下という制限があります。これにより、燃え広がりを最小限に抑えます。
さらに、接炎回数3回という試験基準があり、3回火をつけても上記の基準を満たす必要があります。そして、厚さ0.28-0.3ミリメートル、引張強度430N/3cm以上という物理的強度も求められます。
香港で使用されたネットやシートは、これらの基準を全く満たしていなかったと考えられます。香港当局の発表では「建物の覆いに使われた保護ネット、耐火布、プラスチックシートが予想をはるかに超える激しい燃え方だった」とされており、明らかに粗悪品でした。
日本の現場での防炎対策—実務での徹底事項
私が担当する大規模修繕では、防炎対策を以下のように徹底しています。まず、足場シートは必ず日本防炎協会認定品を使用します。発注時に防炎ラベルの写真を確認し、現場搬入時にも実物のラベルをチェックします。
次に、足場上での火気使用を原則禁止としています。溶接など火気を使う作業がある場合は、消火器を必ず設置し、防炎シートで養生します。また、喫煙所は必ず地上に設置し、足場上での喫煙は即座に注意・指導します。
さらに、毎日の朝礼で防火管理を徹底しています。特に乾燥する冬場や風の強い日は、作業員全員に注意喚起します。定期的な消防訓練も実施し、消火器の位置と使い方を全員が把握しています。そして、工事開始前には必ず消防署への届出を行い、検査を受けます。
管理組合の方が工事中に確認すべきこと:
大規模修繕工事が始まったら、以下の点を定期的にチェックしてください。足場シートに防炎ラベルが貼られているか(角に赤いラベルがあるはず)。喫煙所が地上に設置されているか。消火器が各階に配置されているか。作業員が足場上で喫煙していないか(見つけたら即座に施工業者に連絡)。これらは居住者の命を守る最低限のチェックポイントです。
日本では、労働安全衛生規則と消防法により、これらの対策が義務付けられています。香港の火災は、これらの基準が十分に守られていなかったことを示しています。
| 項目 | 日本の基準 | 香港の実態(今回の火災) |
|---|---|---|
| 足場材質 | 鋼管(不燃) | 竹(可燃) |
| 防炎シート | 防炎ラベル必須、消防法基準 | 基準不明、粗悪品使用の疑い |
| 窓養生材 | 不燃材またはPVCシート | スチレンボード(極めて可燃性) |
| 火気管理 | 足場上火気使用原則禁止 | 作業員の喫煙(住民証言) |
| 検査体制 | 消防署・労基署の定期検査 | 16回検査も改善されず |
施工管理者から見た教訓—コスト優先の危険性
今回の火災で最も衝撃的だったのは、香港労工処(労働局)が改修工事開始以来16回も現場を検査していたことです。適切な防火対策を講じるよう繰り返し文書で警告していました。火災の1週間前(11月20日)にも警告を出していたという事実です。それでも施工業者は改善せず、結果として128人の命が失われました。
香港警察は建設会社の責任者3人を過失致死容疑で逮捕しましたが、問題の根本はコスト優先の姿勢にあります。竹足場は鋼管足場より安く、防炎基準を満たさないネットも正規品より安価です。総工費約63億円の工事で、どれだけ安全対策費が削られていたのか、想像に難くありません。
日本でも、コスト削減のプレッシャーは常にあります。しかし、安全対策費を削ることは絶対にあってはなりません。私が現場で常に心がけているのは「事故が起きたら、すべてが終わる」ということです。工期が遅れても、予算が厳しくても、人命に関わる部分だけは絶対に妥協しません。
日本の現場で守るべき安全原則
- 防炎シートは必ず日本防炎協会認定品を使用
- 足場上での火気使用は原則禁止、喫煙は地上の喫煙所のみ
- 毎日の朝礼で防火管理を徹底
- 消防署・労基署の検査は確実に受ける
- 安全対策費は絶対に削らない
煙突効果のメカニズム—高層建築特有のリスク
今回の火災でもう一つ注目すべきは「煙突効果」です。これは、熱気と煙が垂直シャフト(階段・エレベーター井道)や足場と外壁の狭い空間を通じて上昇気流で上層へ拡散する現象です。マンションにお住まいの方、特に高層階の方は、この煙突効果が火災時の重大なリスクになることを知っておいてください。
宏福苑の場合、足場とネットが「煙突」を形成し、乾燥した強風がこれを強化しました。その結果、10分で31階建ての全高に達するという驚異的な延焼速度になりました。日本でも高層マンションの改修工事では、煙突効果を考慮した防火対策が求められます(国土交通省の建築基準法でも規定)。
私が担当する大規模修繕でも、特に10階建て以上の物件では、足場の各階に防火帯を設けたり、シートの重ね代を多めにとったりなど、煙突効果による延焼を防ぐ工夫をしています。また、風の強い日は溶接作業を中止するなど、気象条件にも細心の注意を払っています。
管理組合の方へ: 大規模修繕の見積もりを取る際は、「煙突効果への対策」が含まれているか必ず確認してください。安い見積もりでは、こうした重要な安全対策が省かれている可能性があります。
香港当局の対応—竹足場の全面禁止へ
火災を受けて、香港の李家超行政長官は竹製の足場の利用を撤廃し、金属製に置き換えると表明しました。また、香港全域で全ての大型改修工事を点検するよう命じています。ただし、すでに2025年3月以降の公共建築では金属製足場が義務付けられており、今回の民間工事への適用が遅れたことが悔やまれます。
香港立法会のレジーナ・イップ議員は「現行の法律を改めて見直すべきだ。工事の規模にかかわらず、難燃性の素材の使用に関する要件の不足点を特定し、執行を強化することが必要」と述べており、法規制の強化が進むと見られます。
日本でも、1996年に九龍地区で41人が死亡した住宅火災を受けて防火基準の大規模な見直しが行われた経緯があります。今回の火災も、香港だけでなく、アジア全域の建設業界に影響を与える可能性があります。
まとめ—あなたのマンションは大丈夫ですか?
香港のマンション火災は、改修工事における防炎対策の重要性を改めて浮き彫りにしました。竹足場という可燃性資材、防炎基準を満たさないネットとシート、火気管理の甘さ、そして16回の警告を無視した施工業者のコスト優先姿勢が重なり、128人という犠牲者を出しました。
日本の現場では、消防法と労働安全衛生規則により厳格な防炎基準が設けられており、今回のような火災が起きる可能性は低いと言えます。しかし「対岸の火事」として済ませるのではなく、以下の点を改めて確認すべきです。
マンションにお住まいの方へ:
現在お住まいのマンションで大規模修繕が予定されている場合、管理組合の理事会や修繕委員会で以下の点を確認してください。まず、防炎シートの防炎ラベルを必ず確認することです。正規品でも経年劣化で性能が落ちるため、定期的な交換が必要です。次に、足場上での火気管理がどう徹底されているかです。喫煙だけでなく、溶接・研磨などの火花が出る作業の管理方法を確認しましょう。
中古マンション購入を検討している方へ:
築年数が古いマンションを購入する際は、過去の大規模修繕履歴を必ず確認してください。修繕工事で防炎基準を満たした資材が使われていたか、工事記録に残っているはずです。また、次回の大規模修繕がいつ予定されているか、修繕積立金は十分かも重要なチェックポイントです。安全な工事には相応のコストがかかります。
管理組合の理事・修繕委員の方へ:
大規模修繕の見積もりを取る際は、安さだけで業者を選ばないでください。高層建築では煙突効果を考慮した対策が含まれているか、各階に防火帯を設けるか、風の強い日は作業を中止する判断基準があるかを確認しましょう。そして、安全対策費は絶対に削らないことです。コスト削減のプレッシャーがあっても、人命に関わる部分は妥協できません。
最後に、毎日の朝礼で防火意識を共有することです。全員が「火災は起こりうる」という意識を持つことが、最大の防火対策になります。
施工管理者として、今回の火災から学ぶべき教訓は多くあります。安全対策は「面倒」「コストがかかる」と思われがちですが、それが人命を守る最後の砦です。日本の現場でも、改めて防炎対策を見直し、香港のような悲劇を二度と起こさないよう努めていきましょう。
本記事の情報は2025年11月28日時点のものです。香港当局の調査結果により、内容が更新される可能性があります。





